やっぱり戦争ってあったんだ。と知った子ども時代のある日。
今日の問題 池袋サンシャインキャンパス
昭和の親父ギャグ。
席から立ち上がるときに言うやつ。知ってます?
「よっこいしょーいち」。
知らないかあ。
知らないよねえ。
すいません。
忘れてください。
ときは昭和47年。2月2日。
(明日の49年前)
私はまだほんの子どもでした。
家庭のテレビがモノクロからカラーになった頃、
日本中が、ある一人の日本人の事実に驚き、信じられず、
カラーテレビにで映るその姿に、
涙する日本の大人たちがありました。
太平洋戦争から帰ってきた日本兵。
終戦から27年。
ジャングルでカエルや虫を食べて生き抜いてきたその人は、
横井庄一日本陸軍軍曹(よこい・しょういち・にほんりくぐんぐんそう)。
あの昭和の親父ギャグの語源となったご芳名のお方です。
まだ子どもだった私は、
「戦争?あったのかそんなもの。証拠ないし」とどこかで思っていました。
私は大人をあまり信用しない可愛くない子どもでしたので、
戦争があったことにして、子どもを脅かしているだけじゃないか、
なんてちらっと思ったりもしていたような気がします。
そんな可愛くない子どもが、
テレビを通じて日本兵の姿をみてしまいました。
ボロボロの軍服をきて、
「恥ずかしながら帰ってまいりました」
にびっくり仰天です。
生きて帰ってくることは恥ずかしいことなんだ。
仲間と死んで骨になってこないといけないって考えるんだ。
まるで大日本帝国の価値観がタイムスリップしてきたような、
不思議な感じがしました。
戦争があったと認めざるを得ません。
ばくぜんとした疑いは確信に変わりました。
戦争があったこと、
日本が敗戦したこと、
アメリカ連合国に日本が占領されたことも理解しました。
それ以来、戦後の人々、特に東京人がどのように戦後を生き抜いてきたか、
関心をもつようになり、お年寄りたちに話を聞いて回わりました。
2年後に、横井軍曹よりずっと上位の日本軍将校が帰国することを、まだ知りません。
2021年2月1日(月)
鹿島学園・鹿島山北高等学校連携施設
池袋サンシャインキャンパス
原宿表参道シティーキャンパス
渋谷駅東口シティーキャンパス
新宿駅西口シティーキャンパス
崎山潤一郎
